エネルギーとは何か

ここのところ、生涯の宿題のひとつ、電気に関する勉強をしている。連休のまとまった時間もあったのでかなりじっくり本を読めた。
それにしても、電気に関する自分の認識の低さはなんたることか・・・などと考えながらページを進めた。実のところ「法則」といわれるものもそれほど数があるわけでもない。でも、どうやら根本的なところがよくわかっていないということらしい。

「電気の正体は電子」なんてことはわかっていたつもりだった。自由電子が動いていく。水にたとえるとわかりやすい(とどの本にも書いてある)。でも自由電子はなくならないのかなあ・・・このあたりからあやしくなる。水は、循環しているだけで水自体にエネルギーがあるんじゃなくてあくまでエネルギーの媒体にすぎず、仕事を終えた水はポンプでまた汲み上げられて、そうこのポンプが電池の役割と同じでそれを起電力というんだな・・・電気とはそういうものらしい。
じゃあ、電気の正体、自由電子はどれくらいの速さで移動しているのか・・・光と同じ速さじゃないの・・・ええっそんなに遅いの?交流だともっと遅い!?(この辺は、読んでも確証がもてない、実感がわかないところ)

ついでに電磁気学もかじってみた。どうやら昔から疑問だったことは解消されずに頭のどこかに引っかかっていたらしい。永久磁石からまっすぐに伸びた磁力線はどこへいくのか?忘れもしない、あれは中学2年の理科の授業だったな・・・・電磁波と電波の関係、光は電磁波の一種、真空中をどうやって電磁波、光は伝わってくるのか、本を読んでわかった部分とまだわからない部分とある。「そもそも何もないところをどうやって「波」が伝わるのさ?」という素朴な疑問にこたえてくれる本はまだない。どうやら「場」という概念がキーらしいが・・・「そもそもお前さんごときにはわからない世界なんだよ」という天の声も聞こえてきそうだ。

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ニュースの見え方、メディアの今後

通勤途中に車で聞いているラジオ、ここのところ気になることがある。

CMが実質無い時間がある。流れているのは、すごっく真面目な話。地球環境を守ろうとか、放送倫理の話とか。提供は、民放連とかの類。つまり自分自身みたいなもの。CMがないとまるでNHKみたい。不景気の影響でスポンサーがつかない、ということなのだろうか。

CMがないと民放はなりたたない、そんな単純なことをまさに実感する時代になったということだろうか。

ここのところ新型インフルエンザのニュースばかりである。その前は、SMAPのメンバーが裸になったということがトップニュースだったけれど・・・「ようやく回復が見えてきた景気にこのインフルエンザ騒動が影響をあたえなければいいのだが」といったコメントを聞いて、そういえば不景気の話はどうしたろうと思いだす。クライスラーのチャプター11の話もトップニュースにならないのだから、それほどインフルエンザは大変な話ではある。

メディアによる不景気宣伝活動も小休止、不謹慎な話であるが、ある意味、インフルエンザが最大の景気対策のようである。

世の中では今この瞬間にもさまざまなことが起きているに違いない。そのなかなか一部の人たちが当然恣意的に選んだことが、ニュースとして流れているだけだ。そのことを常に念頭に置いておかないと、いちいち右往左往することとなる。出来事を冷静に見ていくことが大切、われわれはプロレス中継的にニュースをとりあげもりあがっている場合ではないのだ。

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山火事鎮火

久々の本格的雨。この雨で山火事も何とか鎮火した。

この山火事、地元新聞の両一面を飾る大事件であった。
NHKのニュースでも流れたらしい。
記事で知ったが、ずいぶんと遠くの山まで飛び火したようである。

地元消防の人たちの活躍にも感謝するばかりである。

それにしても、朝6時のヘリコプターの爆音にふとベトナム戦争を思い出してしまった自分、年が知れてしまうワイ。gawk

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山火事注意!!

なんと我が家の裏山が山火事となった。
失火した家は全焼しけが人もでたそうだ。そこから延焼する形でやまを火がかけあがったらしい。

きのうの夜は鎮火までいたらず、今朝は6時から我が家のすぐ上に消火のためのヘリコプターが飛来した。
家がぶるぶると震える。
やまからは、まだ薄紫色の煙がでていた。

ここのところの異常とも思えるあたたかさと乾燥で全国あちこちで山火事が発生している・・・というニュースは聞いていたが、まさか我が家の裏山がなるとは予想もしていなかった。ほんと、山火事注意である。

天気予報では、今日あたりは本格的な雨も期待できるとか。
消防車が何台も出ての放水よりもきっと自然の雨のほうがずっと水量も多いのだろう。
雨、雨、ふれふれ。

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日本を飛び越えて

飛翔体が日本を飛び越えていったそうである。「飛翔」という言葉は、若者が夢を持って社会に飛び出すときなどに使用するが、「体」がつくとずいぶんと違うものになってしまうものである。

ともかく、これが何なのか(ロケットなのかミサイルなのか)、そして「成功」なのか「失敗」なのか、まったく結論がでないままずるずるといくに違いない。そもそもかみ合わない議論なのである。

そもそも日本国内で騒いでいても仕方がない問題なんじゃないか。

日本としても、本当のところどうしたいのかは明確というものでもなさそうである。話せば何となく解決するといものではない。6カ国協議を継続すれば問題がなんとなく解決すると考えるのも楽観的にも思える。協議の先に何があるというのか、まったく見えてこない。これで次は日本による制裁とか国連安保理とかに舞台が移ることになるのだろうが、まあ、閉塞感の漂う日々となりそうだ。

さて、それにしても「飛翔体」のニュースの次は動物園から逃げていた「コウノトリ」の仲間が捕獲されたニュースか。日本はやっぱり平和ないい国にちがいない。

100年に一度という大恐慌でもやっぱり桜が咲けば人でもある。1,000円になれば高速道路も交通量が増える。日本には、単に技術とかではなくて、歴史と伝統に裏打ちされた文化でも勝負できる力があるはず。悲観論を超えて日本の底力を見せるときが来たようである。「がんばれ日本」、ではなく「がんばろう日本」である。

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ゴジラ以来の騒動

報道を見ているとだいぶバタバタとしているようである。

ミサイルなのかロケットなのか、はっきりしないが、ともかく今日は発射されなかったということのようだ。そもそも個人レベルで本当に発射されたのかどうか確認する手段がない。

これほど日本中が緊張して大変だと騒いでいるのは、ゴジラが来て以来だろうか。東京湾にゴジラが現れた時、自衛隊は命を賭して闘っていた・・・

今回、イージス艦やPAC3なるものが妙に迅速に展開され、それに対してなんだか拍子抜けするくらい反論も聞こえてこなかった。それだけ、「あの国」は普通じゃないという意識が浸透したということなのか、国内が右傾化したということなのか、はたまた平和ボケから覚めたということなのか。正直なところ現在の日本がどんな方向に進んでいるのかどうもわからない。はかりかねている。

過去の歴史からすると大恐慌の次にくるのは、やはり戦争という可能性も考えておかないといけない。最近発行されている本などをよくよく見まわすと、その辺りのことに触れている人も出てきている。まあ、恐慌の次にくるのは、保護主義的な動きで、やっぱり資源を持つ国と持たない国で争いが起きて、切れてしまう国がでてくるというパターン。一国の話ではなく地域的な経済ブロックなんていうのも出てくるかもしれない・・・というより、EUなんていうのはその典型であるわけだし、それじゃあアジアで作ってもいいよねという話になるのかというと・・・

現実はそれほど単純ではないとしても気がつけばいつか来た道ということもあるかもしれない。

と言いつつ、正義を振りかざして単純に「戦争反対」を叫んだところでなかなかそうは問屋が卸すまい。たとえば、保護主義にだって正義はある。結局は様々な正義の間の利益の調整がうまくいくかどうかということなのだろうが。それが可能な枠組みや仕組みは現在できていないし永遠にできないかもしれない。

そう、ゴジラとかガミラスでもせめてくれば別かもしれないが。

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今何がおこっているのか?

G20が終了したとか、ビッグスリーも大丈夫だとかだめだとか、日本では、民主党の党首の選挙資金をめぐる報道が幅を利かせて、定額給付金の話もぼんやりして、高速道路料金も安くなるやら倍とられるやら・・・・春近しのなかで何となくぼんやりしたなかで時間ばかりが過ぎていくようである。

ある意味焦燥感みたいなものを感じる。「これでいいのか?」と自問するが、まあ、私に変えられることでもないか。

そういえば、このあたりの選出の議員の先生も最近はやけに「失言」が目立つ。でも、言葉尻ばかりとらえて報道する方も変な感じだ。かといって発言しなければ「密室」だと言われるんだろうし、言葉を選びに選んでとなれば、気持がこもっていないといわれるし、はなはだ窮屈な世の中になったものだ。今にこのブログも攻撃対象になったりするのだろうか・・・まあ、誰も見ていないだろうが。

もう前々回の不景気ということだろうが、「桜の咲く頃には景気が回復する」といった表現が行われた記憶がある。現実には、桜が咲くころどころか、「失われた十年」とか「十五年」とかになってしまったのだが。ようやくジャブのような楽観的な見通しも少しは出始めたようだ。世の経済評論家の皆さんもそろそろ周りを見回しているというところだろうか。評論家氏としても商売として目立つにはどうしたらいいかなんてことも頭の片隅では考えているのかもしれないし。

当り前のことだが、情報は必要だが振り回されてもいけない。そこらあたりが難しい。日本のメディアだけでなく、世界の情報を・・・というのも昔からみればできなくもないが、少なくとも英語くらいはできないとねえ・・・電子辞書片手にがんばるか。

今、「テクテクノロジー革命」(藤村靖之氏、辻信一氏著)を読んでいる。半分くらいまで読んだ。なかなか面白い。「非電化とスロービジネスが未来をひらく」という副題がついているが、ガソリン価格もひところよりは下がって、のど元過ぎればになりがちな昨今、やっぱり少し先まで見る視点を確保しておきたいものである。さて、身に染みついた「消費」へのあこがれから離れたビジョンを持てるようになるのかどうか。

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春近し

冷え込んでいる景気のことばかり考えているうちに、季節は着実にすすみ春の芽生えが庭のあちこちで見られるようになってきた。Dsc02145Dsc02147

チューリップが芽を出し、その横にはサクラソウが早くもきれいなピンクの花を咲かせている。

厳しい冬の間にもちゃんと準備をしていく自然界のこの着実な歩みに見習っていきたいものである。

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GMの行方

再建計画の提出期限まであとわずかにもかかわらず、GMと労働組合UAWとの間の交渉は暗礁に乗り上げたと報道されている。たいていの人が、まあ、それでも何とか期限までには合意にこぎつけるに違いないと期待しているのだろうが、聞こえてくる話の内容ではいまだ両者の主張の隔たりは小さくないようである。結局のところ時間が解決するのだろうが、途中経過を含めて株式相場も右往左往するのだろうし、今週もまた平穏とはいかず、底打ち感も出てこないのだろう。

一方、日本のGDPの下げ幅が年率換算で12%を超えるような話も出てきた。いろいろと問題は含んでいるにしても、景気の調整弁がものすごくよく働いているともいえるのかもしれないが、それにしても大きな数字である。本当にこれからどうなっちゃうんでしょうかねえ・・・そんな不安ばかりがわいてくる。調整があっという間に終わって、桜の咲く頃からV字回復とはいかないものかいな。

このあたりの地元の自動車関連企業のうち上場組もかなり元気がなくなってきたらしい。そもそも国内ではトヨタ以外との取引が主流で、ビッグスリーへの依存度もそれなりにあったと聞く。そして先週末あたりからいよいよかなりの規模のリストラをするような話が地元紙に載るようになってきた。内容は大したことは書いていない。思いつくリストラ策はなんでもやるというような話。どちらかというと先ぶれという感じの記事ではある。ただ、これを読んじゃうとなかなか先々家庭の財布のひもは固くならざるをえないよね。製造業の集積地で比較的元気だったこのあたりも大変なことになりつつある。

そんななか・・・・「財務大臣の記者会見がひどいものだった」という囲み記事が載っていた。そういえば、国会に遅刻してきたようなこともあったみたいだし。びっくりするほどアバウトな方なのであろうか。ついている秘書もどうかしているのか。G7の結果を受けて早くも先の補正予算の話がでてきて、そんなバカなことがあるかと正論を叫ぶ野党党首がいて・・・予算編成だけみてもまあ、ともかく混沌としている。世界中が混沌としているなかで、日本はさらに混沌とし続けていこうとしている。これでいいものか・・・民主主義を守るためにも、政治に対する信頼は欠かせない。「政局」をやめて云々という主張も聞くが、それも難しい。この混沌のなかでどこまで流されていくのやら。

ただし、実は政治に経済を立て直す力はもうないのかもしれない。とすれば、自力で頑張るほかなかろう。政治がなにかしてくれると期待しているから、その期待を裏切られると失望感がわいてくる。そういうもんだな・・・と考えた方がかえって気持ちが楽になるかもよ。

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選挙の先にあるもの

選挙の先にあるものは何だろうか。

選挙さえすれば問題がすべて解決するとも思えない。冷静に考えればそうなのだ。選挙の先にあるものを示して選挙をしてほしいのだが、要するに誰も示せないということらしい。

選挙後にすぐに問題となりそうなのが官僚の取り扱い。ここのところ「官僚は敵だ」「官僚に頼りきった答弁でけしからん」そんな批判の声も聞く。基本的には官僚をきちんとコントロールして政策を実現していくのが本筋である。最初から「敵」扱いでは前に進まない。一方、官僚サイドのほうが多くの情報を握っている中で官僚をコントロールしようというのがそもそも難しい。M党は「政権交代の暁にはそれをやる」と言っているが、人数をたくさん送りこむという手法だけでは、「一般論」しかない国会議員に「個別論」を裁くことができるとも思えない。「前例がない」「こういう弊害がでる」という話の中で現状を変えていくことは相当に難しいはずだ。当然、難しいからやらなくていいというのではないが。

選挙を前に郵貯の問題も再浮上してきた。

郵貯だって民営化すれば問題が解決するわけでもないのは当たり前だ。でも、民営化で何を解決しようとしていたのかがぶれてしまうと何をどう修正するのかもわからない。元の鞘に戻す・・・それももはや簡単じゃなかろう。そもそも本来は郵便事業だけに絞り込んで、役割を終えた保険事業などは廃止・解消が本筋だったのだが・・・。

米国でも・・・・オバマさんが大統領になれば何でも解決するわけでもない。
それでもそんな雰囲気があったのがしんぱいなところだったが。「これで万事大丈夫だ」というイメージが先行している。でも、早くも新大統領も苦境にたっているとの報道が始まった。日本の首相に比べれば、自分だけの決断でできることも多いのだろうが、それだって議会を無視して何でもできるわけでもない。説得し、妥協し・・・そうやっていくうちに玉虫色の解決策となり、何をしたかったのかがぼやけてしまう。時間も経つ。日本以上の根回し作戦をやりながらも疲れてくると・・・かなり飛躍するかもしれないが、独裁者へのあこがれが強くなったりして。

さて、身近なところで景気の話。
好景気も続かないが、不景気も続かない。景気は循環するのだ。
でも、そうはいっても今この時点で好景気をイメージするのは難しい。現実には最高益を上げている企業もたくさんある。まずは気持ちの持ちようから変えてみるか。

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